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from 一心塾 ー 心身教育研究所 ー

カウンセリング、フォーカシング、仏教、ヨーガ

自己肯定感

ある校長先生と、「自己肯定感の低い子どもが多いね」なんていう話題から、「ところで自己肯定感と自己有用感と自尊感情とどう違うの」という話になり、確かに言われてみると微妙に違うんだろうなと考えているうちに思い至ったことがある。
 そもそも仏教では「自己」なんてものがあるから苦しいのだと説くわけだから、その自己を肯定したり「有用」と感じたりする必要もないのではないだろうか。もちろん自己否定も自己嫌悪も「自己」が無ければはありえない概念だ。
 仏教において「自己」をなくしていく修行法はやはりマインドフルネスである。呼吸に気づく、からだの感じに気づく、心の状態に気づく、しかも善悪判断抜きで。「自己」というのはとかく善悪判断をする。無批判に、ただそのままに気づいている分には、「自己」が気づいていることにはならない。それが仏教的な「気づき」ではないだろうか。
 「自己肯定感」という言葉は本来、何かができるから自分のことを素晴らしいと思えるという概念ではないと思う。そのままの自分を善悪判断抜きでそのまま受け入れられていることを指すだろう。親から存在をまるごと受け入れられた子どもはそんな風に自分を感じられるのだろうけど、そのように育てられなかった(ほとんど全員!)としても、マインドフルネスを実践するうちに本来の自己肯定感が育まれるのではなかろうか。