from 一心塾 ー 心身教育研究所 ー

カウンセリング、フォーカシング、仏教、ヨーガ

仏教

「悟り」とフォーカシング

秋本番ですね。リンゴ、栗、柿、ピオーネ、色とりどりの果物が店先に並んでいるのを見るだけで幸せを感じます。僕は食べ頃のキウイを二つ買い物かごに入れ、明日の朝食の満足感を想像します。 「僕はキウイが好きだ」と思うとき、僕はキウイが好きな「自分」…

無心

瞑想のときにでてくる様々な想念は、マインドフルネスを保つには邪魔になるけど、無視するにも忍びないという思いがあって、大変難しい問題だと感じてきました。しかし座禅や瞑想の専門家がこれについて言及しているのを滅多に目にしません。つまり想念は「…

自己肯定感

ある校長先生と、「自己肯定感の低い子どもが多いね」なんていう話題から、「ところで自己肯定感と自己有用感と自尊感情とどう違うの」という話になり、確かに言われてみると微妙に違うんだろうなと考えているうちに思い至ったことがある。 そもそも仏教では…

メメントモリ

メメントモリとは「いつか死ぬことを忘れるな」という意味のフランス語です。30年前に私もインドでヨーガの師に言われたことがあります、「自分の葬式のことを思え」と。それから仏教僧になったこともあって、死のことはずっと思索を続けてきました。そして…

気づきとフィードバック

マインドフルネス・ヨーガでは、アーサナ(ポーズ)を行うときに、最初に刺激のあるところの感じに気づくようにします。たとえば図の前屈のアーサナでは、膝の裏、太ももの裏、腰などに刺激がありますので、最初は自然とそこに意識が行きます。頑張って伸ば…

マインドフルネスとフォーカシング

この3月に創元社から『マインドフル・フォーカシング』という本が出た。アメリカのフォーカシング指導者でチベット仏教に造形の深いDavid Rome氏が満を持して著した本だ。私のフォーカシングの師匠である日笠摩子先生と友人の高瀬健一氏が訳してくださった…

犬も歩けば

「十牛図」をご存じだろうか。禅の悟りのプロセスを表すとされている。 これにヒントを得て、マインドフルネス・ヨーガ流に瞑想の方法を犬の散歩の様子に喩えて説明してみよう。 飼い主Aは道草したがる犬を無理に引っ張り飼い主に従わせようとする。 飼い主…

フォーカシングとマインドフルネス

昨年、長野県の戸隠での「フォーカサーの集い」にて「フェルトセンス再考」というタイトルで出店したところ15名ばかりの方がおいでくださり、熱い議論が展開した。続く大正大学で行われた日本人間性心理学会でのシンポジウム、「仏教と心理学が学び合う」で…

フェルトセンスは「空」・・・その4(formed sense)

フェルトセンスは二つの意味で捉えられている。これがフェルトセンス理解の混乱を招いている。 フォーカシングに長年親しんでいる人は「状況に対するからだの反応」をフェルトセンスと捉えている傾向があり、割と経験の浅い人は「からだに感じられる違和感」…

フェルトセンスは「空」・・その3(縁起)

「フェルトセンス=空(くう)」とするためには、仏教側から空について解説する必要がある。 空とは実体がないということ。諸条件が織り成されることで現象として何かが現れたりもするが、条件が変わればまた消滅する。まさに空(そら)に浮かぶ雲のごとしで…

フェルトセンスは「空」・・その2「マインドフルネス」

前回は、フェルトセンスはからだにおける「雲」だけを指しているのではなく、「大気」全体を指していることを述べた。ただし大気全体を「フェルトセンス」と言うためには、全体をまんべんなく意識できている必要がある。その状態を「マインドフルネス」とい…

フェルトセンスは「空」・・・その1

空(そら)の話からしよう。空は大気に満たされている。気温や気圧、上空の風、海の温度、季節、前線など非常に複雑な条件の下に今日ただいまの天気が成され、我々はそれを体験している。 私たちのからだの中にも同様の「大気」が満ちている。その大気は生き…